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昔語り(1)

CANPの冒頭で、O大明神が、全て、ここから始まったと、SBIG社の冷却CCDカメラ、ST-4を紹介されてました。
1992年の月刊天文の記事でした。
当時は、未だ、デジタルカメラは、高値の花で、唯一?フジフィルムは、ニコンの一眼レフカメラをベースとし、縮小光学系を内蔵したデジタル一眼レフカメラを出してはいましたが、どちらにしても、高価でした。

ST4は、画素数はわずか3万画素192×165Pixel、チップサイズは、記憶によれば、2.4mm×2.4mmの正方形(但し、フレームトランスファCCDですので遮光幕があります)です。
チップは真四角ですが、画素数が192×165と縦横で違うのはCCDビデオカメラ用としてのセンサーだったからです。
しかし、当時の様々な事情から、この3万画素という画素数は低コスト化の他にも、PCの処理速度(当時は486SXの時代ですかねー・・)、フロッピーディスクというメディア等、かなり現実に即した装置でもありました。

A/D変換が8bitということもあり、天体写真用としては、物足りない面がありましたが、それでも、デジタル画像の恩恵で、彗星などの天体観測用途にも使われた様です。

さて、高校時代には、望遠レンズによる天体写真を始めていましたが、大学に入り、やや本格的に始めました。
EM-10赤道儀を購入し、大学のサークルの先輩方と富士山に撮影にでかけていたのですが・・・
同時に、当時、相模原天体写真協会にも参加して、ハイアマチュアによる素晴らしい天体写真作品を目にしていました。おかげで、写真を見る目は非常に磨かれましたが、その半面、これはいつまで経っても追いつけないのでは・・という思いもありました。
また、それと同時に、自分が撮りたい写真は、小宇宙ということもあり、小口径であるが高性能の屈折望遠鏡に中判フィルムを使う天体写真はやや方向性が違うのではないか(と、いいつつ、PENTAXの100SDUFを買っちゃいましたが・・^^;)とも思っていました。

O大明神が、ST6による素晴らしい系外銀河のクローズアップ写真を月刊天文で発表されたのもこの年で(確か、1993年6月号だったかと・・)、それにすごく刺激を受けて、それ以来、なんとかCCDが欲しい!とおもう様になりました。

1994年5月に、とうとうST4の購入を決意しました。
当時、車を持っていなかった自分の環境では、たまにTUDの先輩方に載せていただいて、富士山での撮影ですが、フィルムでは失敗続き。ガイドが上手くいった!と思って、ワクワクしながら現像上がりを待って、受け取りに行ったら、ピンぼけ写真量産とか、なかなか上手く撮れません。
もっと、練習が必要だなー・・と、なると、首都圏の自宅で撮影するしかありませんでした。
当初は、高校の天文部で一緒だったK君と、取り組んで、水素増感TP2415フィルムにR64で撮影してみたものの
最初の1本は、ふつーに現像に出してしまい、感度が出てなくて×
こりゃ、自家現像しなくっちゃ・・と、いうことで、K君が、現像セットをヨドバシで一式購入してきて、D-19で現像したのですが・・・フィルムはカブリで真っ黒!!
これをプリントに出したのですが、ほとんどプリントもして貰えない状態でした、、、
そうなると、今度は引き伸ばし機が欲しくなってくるワケですが・・・これが結構なお値段がするワケです。

そこで、町中からも、撮影できる!というO大明神の記事と、ST4での作例の凄さ、さらにはTUDでもST4を導入して、大学天文連盟で使い始めていて、聞けばなんとかなる!(笑)
ダメなら、オートガイダーとして使えばいいじゃな~い、ということから、バイトでためたお金を叩いて、ST4一式と、DOS/V互換機(←死語だな)のノートPCを購入したのでした。

TA160 ST-4にて撮影

そうしてやってきたSL9衝突事件!アマチュアでは見られないという話もありましたが、いざフタを開けてみると、6cmの屈折望遠鏡でもはっきりとした衝突痕を見ることができました。
これは、サークルの先輩方に、ST-4を貸出して、使い方を教わりながら撮影したものです。
左上が、1994年当時、ST4EDITというTUDの先輩が開発したソフトを、PC9801DX(CPU:i286 16MHz、RAM 640KB 笑)と、CCDOPSの全身、CCD.EXEで2つの画像を位置をずらしてCo-Add(加算コンポジット)した画像です。その他の3枚は、後日(と、いっても、2001年頃ですが)に、ステライメージ3を使って画像復元しています。

最初に、CCDカメラから、ノートPCの画面に画像が転送されてきたときは感動しましたよ。
ああ、写るんだ!って (^^ゞ

こうして、ST-4を購入し、自宅ベランダからの撮影を行なっていくことになります。
・・っと、まあ、今回は、この辺で。
また気が向いたら、続きは書いていこうと思います (^^ゞ
自力でのファーストライトはこの時点では未だですから・・
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コメント

No title

冷却CCDの歴史を感じる記事ですね。
ただ、惑星に関しては、ビデオと言う兵器が存在していました。
月惑星研究会のメンバーの一人が、SL9衝突をビデオで撮影しており、その映像をデジタルAVIに変換しRegistaxで凄い画像に再現されました。
先見の明ではなく、偶然と思いますが、貴重な記録です。

No title

こんばんは、久々にSL9の写真を見て、少しばかり鳥肌がたちました。
この時、ウチの町役場の横で、一般の皆さんへの観望会を開いたのですが、まさか見えるとは思わずにいたのですが、実際に見えた時、
一番興奮したのが、自分でした。(後で反省しましたが)
この時の衝撃が、彗星や小惑星の捜索にプロが本格的に乗り出す
契機になったようですね、
いやあ、興奮がよみがえりますよ。

No title

SL9の当時は猛烈サラリーマンだったので、新聞のニュースを見て見てみたいとはおもいましたが、天文から全く離れていたので見ることが出来ませんでした。
ST-4で衝突痕を捉えられていたのですね。
黒目が二つとても可愛い木星ですね~。
当時は冷却CCDももちろん高価だったと思いますが、PCそのものが最低でも50万円位する代物でしたよね。UTOさんは学生なのに金持ちだったんですね~。

No title

UTOさんとCCDの歴史はこれまで少しはお聞きしていたけど、これでよく理解でいました。やっぱり学生の頃から凄かったのですね。
私は、1994年といえば、仕事がピークで海外にほとんどいて、趣味なんて全くもてない時代でしたので、このSL9すら全く記憶にないです。こんな凄いことをリアルタイムで体験してみたいです。

No title

SL9の木星衝突の撮影、すごいですね!まさにCCD天体撮影の歴史の開拓者だったんですね。撮影機材も20年近くで大きく進歩して安く手に入るようになって、ありがたいことです(^^;;

No title

天体写真に対する強力な熱意をヒシヒシと感じる記事ですね。冷却CCDが本格的に登場してきたのは、1992年あたりだったかと・・・。そして、天文ガイド。1994年1月号で「CCD元年!!」と大々的に謳って特集を組んでいたのを思い出しました。自宅の近くにある、湯の丸高原奈良原の65センチRC望遠鏡を使って、CCDの第一人者岡野邦彦さんがいろいろ可能性について語ってるような記事でした。スカイウォッチャー誌上では、銀塩の第一人者のY氏との対談(対決?)もありましたね。

自分は当時、モチベーション的にも金銭的にもこの流れにはついていけないと思いましたが、同年代のUTOさんの熱意は素晴らしいなと思います。

そんな自分も、ようやく来年あたり冷却CCDを導入しようかな・・・と考えております。

No title

SL9は、会社帰りにドームへ直行してMT-250で見たのを思い出します。
ST-4も直輸入出来なくて、止むをえずなくなく三倍価格で買いましたが、撮影はパソコンがなくて、もっぱらガイド用で使っていました。今考えると、差額でパソコン買えたよね。

No title

ST-4は買いましたが、
撮影という意識は無く、オートガイダーとして使っていましたね。
インタラクティブアストロノミーって本を読んだら衝撃を受けて、
一気にデジタルの世界へ脚を踏み入れたような記憶が
UTOさんと知り合ったのもその頃でしたね。
O大明神の銀河の画像は、透明感があり衝撃を受けました。
銀塩も電子暗室←(死語?)の世界にはいりつつありましたから
こうなるのも時間の問題だったのかもしれませんが
当時は写真というものに対する概念が大きく変わる曲がり角だったような気がします。

No title

ヨネヤンさん、こんにちは~
そうなんですよね、TUDでも、当時、それこそY田くんが頑張っていて、KenkoのCCDビデオカメラも導入しましたが、CanonのCi-20でしたっけ・・惑星はビデオカメラが当時、画期的な技術でしたね!
Registaxを使うと見違えそうですよね。
当時は自分の方は惑星にはあまり力を入れてなかったので(望遠鏡が良く見えなかったので)、SL9もこれだけしか撮影してませんでした。
今だったら、あり得ん・・(^^ゞ

No title

farm.Iさん、こんにちは。
SL9衝突はすごかったですよね!
木星の縁から出てくるところなんて、ボコっと木星が欠けている様に見えたし、凄かったですよね~
ボクももっと沢山撮影しておけば良かったと後悔しきり、です。

No title

シュミットさん、こんにちは~
当時、見えるわけが無いと思っていたので、驚きでした。ちょうど試験期間中だったのですが、半ば試験は放置して木星を眺めていました。
当時はまだ眼視が主で撮影技術を身につけてなかったのが残念です、、、

PCですが、Compaqショックの後ですから、15万円でなんとか買ってきました。
486SX-25MHz、RAM4MB、HDD120MB内蔵で、当時の某国産PCだとスペック的には、50マソコースのスペックですね。
東芝のEZ486だったかなぁ・・それだと同価格帯なんですが、HDDが無いのとメモリが無かったので、台湾メーカ製でしたが、価格性能比はかなり良かったです。
後日、Windows3.1をインストールして活用できましたし、、
まー、でも、ST4が20万円くらいですので、バイト代は全て吹っ飛びました。
本当をいえば、ST5が欲しかったんですが、ST5にしてしまうと、ノートPCが手が出なかったので諦めだったのも懐かしい思い出ですね。

No title

いーぐるさん、こんにちは。
ST4を買う前は、いろいろと悩んだんですよ。
どちらかというと、これからはCCD!というワケではなくって、町中で撮るなら・・という消極的な選択だった面はありましたが、時間と資料には事欠かない大学時代に、CCDを手にしたのは今思えば良い選択でした。
あと1年遅かったら、就職も含めて、ずいぶんと人生変わっていたでしょうね~

SL9衝突は凄かったです。が、その前のシューメーカレビー彗星そのものも、列をなしている姿を捉えておきたかったです。今なら、間違いなく撮影するんですが・・・

No title

ひろしさん、こんにちは~
本当の最初期ではないのですが、ある程度情報が出たところで、これならなんとかなる!と思って、思い切って買っちゃいました。
ほんと機材の進歩のおかげで、安く良い性能のカメラが手に入る様になりましたね。
いい時代だなぁ~と思います。

No title

こもロハスさん、こんにちは~
そうなんですよ、最初の記事は月刊天文で、1992年頃ですね。光害地で天体写真を撮る・・という記事に絡めてだったかもしれません。
そうそう!CCD元年の記事も当時、スミからスミまで読みました!!あれで判らないことは大学の図書館で調べたりもしてたなぁ・・

来年はいよいよ、CCD元年から20週年ですね。天文ガイドで特集くんでくれませんかねー・・って10週年も無かったので無いでしょうね、、(´・ω・`)

No title

NGCさん、こんにちは。
当時はそんなことも知らなかったので、こちらも3倍価格で買ってました (^^ゞ
NiftyのF.spaceでも、KK擁護派が多かった時代でしたしねー・・パソ通はやってなかったので聞いた話では、ですが・・

MT250でご覧になっていたのですか!さぞや良く見えただろうなぁ・・羨ましい!!
ボクのミザールの13cmだと土星のカッシにの隙間もやっとこさだったので、あんまり良く見えた覚えがないんですよ、、それでSL9の撮影意欲も無かったんだと思います。親戚のFCT150で見た時はぶったまげましたが・・・

それでも、観望だけなら結構見ていた様な、そうでもなかったような・・(゚-゚;)ウーン
今だったら、毎日の様に撮影するところですが・・・
またぶつかってくれませんかねー・・(; ̄ー ̄A アセアセ・

No title

ふにゃ太郎さん、こんにちは。
ST4もお使いだったのですね!
ふにゃ太郎さんといえば、BJ-32Cという印象が強いんですが、ST4もお持ちでしたか~
インタラクティブアストロノミー誌は、毎回刺激的な内容で楽しかったですね。
あれから、天文ガイドも別冊は出てないよねぇ?

電子暗室も、世紀末の頃から流行していきましたね。
デジタル一眼レフカメラが台頭してきて、今や、すっかりと廃れてしまいましたが・・

当時の相模原天体写真協会でSさんが電子暗室は取り組んでました。TP2415をカラー化するという題材でインタラクティブアストロノミーにも記事書かれてましたが、一足先に電子暗室を立ち上げた方ですね。
相模原には、田中光化学工業のTanakaさんもいらしたし、いろいろな取り組みをしている人がいたので、じゃあ自分も、という気持ちにもなって、ST4をイメージャとして使ってみようとしたのかもです。

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プロフィール

UTO

Author:UTO
子供の頃、図鑑で見たパロマー天文台の天体写真に憧れて、天体写真を初めて幾星霜・・
デジタルカメラの進歩によって、当時のパロマ天文台の写真を超える天体写真がアマチュアでも撮れる時代になりました。

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